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「ユズは生きがいです」心にしみる日本の味
 

 静岡県磐田郡佐久間町は、人口八千人の山奥の町である。ここに三十年、変わらぬ味を守り抜く頑固な人がいる。東農のご主人・近藤與志雄さんは二代目で、初代の冬さんは、昭和2728年頃から「柚餅子」を作り始めた。もともとユズは、山に住む人たちの食用酢をとるために植えられた。だから、このあたりの農家の庭にはユズの木が必ずある。そのユズの中に、みそとクルミとゴマを詰め、蒸して天日に二カ月程干す。太陽と山からの冷たい風が決め手だ。生活の知恵がひとつの味を作った。添加物一切なしの天然の味、ゆえに生産量にも限度があるという。ふゆさんは趣味も広く、木彫りの玩具を作るということで地元新聞の取材にも応じた。そのふゆさんが「最初、地元では受け入れられんかったんです。ユズの話を聞いてもらえるのが一番うれしいです。ユズは私の生きがいですから。ほんと遠い所、ありがとう」。思いがしみて、「柚餅子」の味わいが一段と深くなった。

 遠江味の旅、どこへ行っても一様に“条件に恵まれた”との声を聞く。気負いがないのである。身近のおいしいものをより多くの人にという、遠州の人の心が自然とともに技を磨いたに違いない。

(朝日新聞 1987613日 記事)